Wargaming Esoterica

After Action Reports & Reviews of Simulation War Games ほぼ引退した蔵書系ウォーゲーマーの日記

【参考文献】ロベルト・ポラーニョ「第三帝国」

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)

 

2016年に翻訳が出た、チリ出身の作家ロベルト・ポラーニョの小説「第三帝国」を読了。この小説は、主人公がドイツ人ウォーゲーマーであり、アバロンヒルの「第三帝国(Rise and Decline of The Third Reich )」のチャンピオン……という触れ込みだったし、自分も最近、その「第三帝国」の発展版である「A World at War」に触れようかと思っているので、プレイする前の雰囲気作りとして読んでみた次第。

しかし翻訳者氏もあとがきで『ウォーゲームという類いのものに馴染んでいる人は、果たしてどれだけいるのか分からない』『(第三帝国は)すでに入手が困難で、私はそれがこの小説内のゲームと同一のものなのかどうか確かめられなかったのだが(実物を取り寄せたからといって確かめられただろうか?)』と書かれているように、ラテンアメリカ文学に造詣は深いのであろうが、あいにくウォーゲーム的な素養はお持ちではなかったようだ。そこでこの記事では逆に、文学的素養を抜きにして、ウォーゲーム的な観点からのみ、この「第三帝国」という小説を見ていこうと思う。

まず、主人公ウド・ベルガーは、恋人インゲボルクと共に、スペインの避暑地に長期休暇にやって来る。しかしウォーゲーム同人誌活動もしているウドは、ゲーム仲間のコンラートから「第三帝国」の作戦記事を書くように言われ、その休暇旅行に「第三帝国」も持参していた。彼女との旅行にウォーゲームを持って行く段階で、おいおいと思うし、ホテルに着くなり、ゲーム盤を広げる大きなテーブルを持ってこいと言い出すあたり、早くも序盤で、ウドのイタさが伝わってくる。

主人公ウドは、彼女がビーチで日光浴をしている間に、部屋でちまちまと「第三帝国」のヴァリアントを試し、彼が言う「有意義な時間」を過ごした後、ビーチに行って彼女と合流するのだが……

僕はちょっとした興奮状態にあったので、普段はやらないことだけれども、自分のゲームのオープニングについて事細かに語って聞かせたのだが、その話をインゲボルクは誰かに聞かれるといけないと言って遮った。(中略) じきに気づいたのだが、インゲボルクは僕のことを、僕が発する言葉(歩兵部隊とか装甲部隊、空中戦の物資補給、ノルウェー予防侵攻、39年冬の対ソヴィエト連邦攻撃作戦を始める可能性、40年春、フランスを完膚なきまでに打ちのめす可能性)を恥ずかしく思ったのだ。まるで僕の足下に溝ができたみたいだった。(p41)

……イタい……イタ過ぎるよ、ウド。彼女と浜辺にいるのに、嬉々として「第三帝国」の話に興じるあたり、まるで自分のことのように胸が痛いわ。て言うか、お前よくそんなんで彼女できたな! 

しかし友人のコンラートもご同様で、

稼いだ金で家賃を払い、いまや家族の一員としてみなされるほど通い詰めた安食堂で食事し、ごくたまに服を買い、残りはすべてゲームに費やしている。ヨーロッパやアメリカの雑誌を定期購読し、クラブの会費を払い、本を何冊か買い(数は少ない。というのも普段は図書館を利用するからだ。そうして節約したお金で少しでも多くのゲームを買う)、寄稿している地元のファン雑誌をヴォランティアで手伝っている。(p33)

とあって、ああ、いつの世も、どこのウォーゲーマーも同じだなと。

彼(コンラート)は僕に、発行部数の多い印刷物に書くようにと勧めてくれた人物でもあるし、僕にセミプロになるよう何度も主張し、納得させた人物でもある。「前線」「シミュレーション・ゲーム」「防御柵」「戦争の大義」「将軍」等々の雑誌とコネができたのは彼のおかげだ。(p34) 

雑誌「将軍」……もちろんこのBlogをお読みのウォーゲーマー諸氏ならすぐ分かるように、これアバロンヒル社の「GENERAL」誌のことだろう。

また序盤で、主人公ウドが、ハイミト・ゲルハルトなる、65歳の老練なウォーゲーマーと「ヨーロッパ要塞」(アバロンヒルFortress Europaだろう)を対戦するシーンがある。この人物、実在かどうかは分からないが、ちょっと故・鈴木銀一郎翁を思わせるキャラクターでもあり、どこの国にもそういった人はいるのだなあと感じた。またこのハイミトが、旧ドイツ軍に所属していたとあるが、その部隊が「第二大隊九一五連隊三五二歩兵師団」と訳されているが、日本語に訳すなら師団・連隊・大隊の順かなあと。ちなみにノルマンディ戦でいうと、バイユーの東に配置されていた大隊かと。

そしてここで、主人公ウドが、ドイツ国内のウォーゲーム・チャンピオンになる過程が語られているのだが、そこをよく読むと……

そしてシュトゥットガルトのトーナメント戦の日がやって来た。その何ヶ月後にはケルンで地域対抗戦(ドイツ選手権に匹敵するもの)が開かれた。(p34)

こうして僕は、シュトゥットガルト代表の座を手に入れた。(p35)

準決勝と決勝は「勝ち抜き電撃戦」で戦われた。かなり均衡の取れたゲームで、地図も対戦する両陣営(グレート・ブルーとビッグ・レッド)も架空のものだ。(p36)

恐らく翻訳者の方は「勝ち抜き電撃戦」というのが、「第三帝国」のゲーム上の戦術名だと勘違いされたのではないだろうか。実際、この前段で「ウクライナ捨て駒作戦」という「第三帝国」の戦術名も出てくるし、それと混同されたらしい。しかしウォーゲーマー諸氏なら、ブルーとレッドが戦う「電撃戦」と言えば、アバロンヒルの「電撃作戦(Blitzkrieg)」だなとすぐ分かるはず。

いやでもこれ、地方大会と全国大会でプレイしているゲームが違うというのも、ウォーゲーマーからしても驚きだし、そんな方法のトーナメント大会なんてあるんだと思ったぐらいだから、翻訳者の方が分からなくても仕方ない。ということで、この小説は、主人公が「第三帝国」のドイツ・チャンピオンで……というのが売り文句だが、正確に言うなら「第三帝国」で地方大会を勝ち抜き、「電撃作戦」で全国大会のチャンピオンになったと。

さて休暇中の主人公のもとには、友人コンラートからの手紙も届く。もちろん「第三帝国」の記事を書けという催促だし、内容はウォーゲームのことばかりだ。

(友人達と)お前が休暇から戻ったらすぐにも「第三帝国」の一番をやるつもりだ。最初はGDW社のヨーロッパ・シリーズはどうかと言っていたが、それは思いとどまらせた。お前が二ヶ月以上もプレイを続けることに同意するとは思えないと。(p120)

コンラート、分別があるじゃないか(笑)。もちろんGDWのヨーロッパ(エウロパ)シリーズは、かなり面倒な類いの作戦級ゲーム。

「襲撃」シリーズの「ブーツと鞍」と「ドイツ国防軍」(p120)

これも分かる人ならすぐ分かる、GDWの仮想第三次大戦戦術級ゲーム「Assault」とその続編「Boots & Suddles」「Bundeswehr」。しかし「Bundeswehr」の発売が1986年なので、この小説の時代も、1986年以降ということになる。実際、この小説が書かれたのは、1989年とのこと。

今では古くさい「分隊長」を売り払いたがっていて(p120) 

これも恐らく、アバロンヒルの「Squad Leader」のことだろう。このようにゲームタイトルは直訳気味だが、物語自体にはさしたる影響はない。

物語後半では、主人公ウドが、ビーチで出会った「火傷」という男と「第三帝国」を対戦することになる。もちろん「火傷」はウォーゲーム初心者であり、練達のウォーゲーマーであるウドが技量的には優っている。枢軸側を担当したウドは、順当にポーランド、フランスを占領し、地中海ではジブラルタルを奪い、 東部戦線ではモスクワまで落とし、西部戦線ではイギリス本土上陸までやってのける。しかし連合軍側を担当する「火傷」はゲームを諦めず、毎晩、ウドが泊まっているホテルに「第三帝国」をプレイしにやって来る。「火傷」は、いつの間にか「第三帝国」のルールブックのコピーを手に入れて作戦を練り、夜の浜辺で謎の人物からプレイの手ほどきを受け、徐々に劣勢を跳ね返し……という展開になっていくが、そのあたりまで細かく書くのは止めておこう。ウドと「火傷」の対戦経過は、ヘクス番号まで詳しく書かれている部分もあるので、実際の「第三帝国」と照らし合わせてみても面白いと思う。

この記事では、ウォーゲーム的な部分にのみ焦点を当てたが、小説としては現代幻想文学的な匂いもするし、ポラーニョの死後に発見された遺稿ということで、不思議な読後感を覚えた。まあ、そういった文学的評論は誰かに任せておこう。

いずれにしろウォーゲーム、それも「第三帝国」という特定のタイトルをモチーフにして、対戦経過までがっつり含んで小説になっているというあたり、酷く魅力的に感じた。そしてもし自分が恋人と旅行に行くなら、ウォーゲームだけは持って行かないぞと思ったり……(^_^;)