「BCS:Brazen Chariots」クルセイダー作戦、第4(1941年11月22日)ターン。このターンは両軍とも、補充のダイス目が最良だったため、損耗したステップを順当に回復。しかし戦闘4日目ともなると、疲労したフォーメーションもあり。たとえ戦力が整っていても、疲労していては動けないのがBCSなのだ。
さて英連邦軍、第22機甲旅団と支援集団は、敗走するイタリア・アリエテ戦車師団を追ってトブルク方面へ前進。この2つのフォーメーションは、補給路を共有できる僚友(Buddy)部隊なので、ひとつの進撃路を進んでも問題ないが、後から登場した第1南アフリカ師団はそうではないため、混線を避けるために東へ転進。こういった進撃路の配分くらい、プレイ前にやっておけよという話。
一方、地図盤中央のGabr Sledi付近では、ドイツ第15装甲師団が、イギリス第4機甲旅団のM3ハニー軽戦車を次々に撃破し(射撃戦でステップロスさせ)、3個戦車大隊を殲滅してしまった。しかしこの激戦で、第15装甲師団の疲労レベルも2に上昇(最高で4)。
そこへ西から戻ってきたイギリス第7機甲旅団が、側面を突こうとしたが、2個偵察大隊から成るドイツ軍Wechmar戦闘団がこれを堅持。
リビアン・オマール周辺では、ドイツ第15装甲師団と、ニュージーランド軍が一進一退の攻防。ニュージーランド軍は、対戦車砲の支援が付いた歩兵大隊でドイツ軍戦車を包囲し、あわよくば停止射撃戦(Stop Engargement)で、III号戦車をステップロスさせられるかと思ったが、そんな都合良くはいかなかった。一応、砲撃も浴びせてみたが、密閉型車両(Hard)ユニットにはヒットは与えづらく、ノーダメージ。
続いて第5(11月23日)ターン。この日は、史実で言うと「死者慰霊日」「死者の日曜日」(Totensonntag)と呼ばれる激戦が展開された日だが、なんと枢軸軍の補充がまったく来ないというアクシデント。すでに戦闘5日目にして、消耗しきった枢軸軍に嫌な予感が広がる……
さてイギリス第22機甲旅団と支援集団は、アリエテ戦車師団残余の歩兵部隊による遅滞行動に阻まれ、まだEl Ademにも達していない。イタリア軍もやるものよ。その東を、第1南アフリカ師団、このターンに増援として登場した第22近衛旅団が北上しているが、トブルク包囲網を脅かす位置まではまだまだ……
Gabr Sledi付近では、先手を取ったドイツ第15装甲師団が、イギリス第7機甲旅団に射撃戦を挑むも、軽火器装備の南アフリカ装甲車大隊と「双方ステップロス」される始末。返す刀で、イギリス第7機甲旅団が、Wechmar戦闘団の2個偵察大隊はもちろん、第15装甲師団の戦車大隊を2個とも殲滅してしまった。
盤上には、まだWechmar戦闘団の司令部カウンターが残っているが、所属ユニットをすべて失ったため、フォーメーションが「壊滅」したものとみなして除去される予定。
リビアン・オマール周辺でも、第15装甲師団が、徐々に押される展開に。しかし第11インド旅団は、いまだに陣地を奪えずにいる。
ハルファヤ峠では、第4インド旅団が、ようやくひとつ目の陣地を占領。Bach戦闘団の歩兵ユニット(2ステップ=1個中隊)なんぞひとひねり、と侮ったのが運の尽き。旅団は活性化できないわ、ダブルOBJマーカーの恩恵は得られないわ、航空支援は当たらないわ、戦闘結果表でのダイス目は悪いわで、この展開となった……
とまあ、「死者慰霊日」の史実にふさわしく?枢軸軍が甚大な損害を被ったあたりで、今回のソロプレイはお開き。相変わらず、たとえ戦場が広くても、一度に動かすユニットは10個程度という、BCSの遊びやすさを再認識した。ただ、フォーメーションの割り振りと、補給ルートの選定については、両軍とももっと上手くやれるんじゃないかとも思った。ドイツ軍装甲師団も、能力値は高いが、補充が来ないため、いったん崩れるとどうしようもない感じ。そのあたりも、もう少し上手くやりたいなと。地形的にも平坦で、BCS初心者が取り組みやすい戦場だと思う。しかしそう考えると、地形的に面倒なバルジ戦をシリーズ第一作に持って来たのってどおよ、いやテーマ的にセールスポイントが高いのは分かるけど……(^_^;)