Wargaming Esoterica

After Action Reports & Reviews of Simulation War Games ほぼ引退した蔵書系ウォーゲーマーの日記

【ご寄贈先、募集中】RAND Corporation「Hedgemony」

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※War-Gamers Advent Calendar 2020 参加企画

アメリカのシンクタンクランド研究所が始めて一般販売したゲーム「Hedgemony」を注文してみた。本体280ドル+送料30ドルとなかなかのお値段。タイトルは「Hegemony(覇権)」と「Hedge(損失防止)」をかけたもので、販売元も『これはウォーゲームではない、戦略ゲームだ』と言っているが、21世紀の安全保障や戦争を扱ったゲームなので、広義の意味ではウォーゲームなのだろう。ちなみにランド研究所については、文春文庫から出ている「ランド 世界を支配した研究所」で簡単にその歴史と内情が読めるが、あいにく品切れ。しかしピーター・パーラの「無血戦争」でも触れられているように、ランド研究所では1950年代からヘクスと戦闘解決表を用いて戦争シミュレーションを行っており、そういう意味でも、ウォーゲームとのつながりは長いと言える。

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まず65ページのルールブック、20ページのプレイヤーズガイド、15ページの用語と略語リストが付いているが、これがサイズ的に箱に入らない。どうやらランド研究所も、一般ボードゲーム製作のノウハウは持っていないようだ(^_^;) 

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さてこの「Hedgemony」、一般販売ゲームとは言うものの、基本的にはアメリカの国防のプロフェッショナル(国防総省の官僚、軍人、戦略アナリスト)向けの教育ツールである。このゲームの中心となるのは、アメリカ担当……正確にはアメリカ国防総省(DoD:Department of Defense)担当プレイヤーたち(3人程度)であり、その同盟としてNATO/EUプレイヤーが必要となり、これが青(Blue)チームと呼ばれる。

それに対する赤(Red)チームは、ロシア(RU)、中国(PRC)、北朝鮮(DPRK)、イラン(Iran)プレイヤーから構成される。つまりすべて核兵器を所有している諸国。国際的な安全保障ゲーム上では、核兵器を持っていなければ、味方としても頼りにならないし、敵としても脅威に思われないという現実がここにある。

さらにゲームマスター兼ルールアドバイザーとなるファシリテイターたち(5人)による白(White Cell)チームも必要であり、ゲーム管理のためにノートPCとプロジェクター・スクリーンが要る。そのため、人数を集めるだけでも大変だし、各プレイヤーに安全保障的な教養が求められるという意味でも、各員がゲームルールを理解しておくという意味でも、かなりハードルが高いゲームになっている。

さらに言うと、このゲームは、アメリカ国防総省プレイヤーたちが主役となり、NATO/EUはその相棒として、赤チームはその仇役として国際的緊張のやり取りをすることになる。そのため、一般的なボードゲームのように各国が独立した立場で勝利点数を競い合うのとも違うし、どちらかと言えばロールプレイングゲーム的に、各国がその立場と戦略から協力したり干渉しつつ勝利を目指し、アメリカはそれに対してどのように対応すればいいのかを学ぶゲームになっている。そういう意味では、一般的に言うところの「ゲーム」とは呼べないかもしれないし、安全保障の机上演習ツールのようにも思える。

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ハードボード製の地図盤には世界地図が描かれ、アメリカの国防上の区分(Command)でエリア分けされている。また、アメリカ、NATO/EU、ロシア、中国、北朝鮮、イランプレイヤー用に、それぞれ手元を隠す、ついたて式のボードが用意されている。 

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ついたての裏側には、各国の勝利条件、定番シナリオ開始時の資源(Resource)ポイントや軍事力、他プレイヤーの勝利条件等々が書かれている。また各国毎に管理シートが用意され、自国の軍事技術レベル、即応性(Readiness)、C4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・警戒・偵察)レベル、IAMD(統合的航空ミサイル防衛)レベル、特殊作戦レベル、長距離射程ミサイルレベル等を記録できるようになっている。

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こちらが各国の軍事部隊を表すカウンター。陸軍や海軍といった区別は無く、抽象的な戦力として表されている。各カウンターには、その部隊の規模(Capacity)を意味する部隊戦力(Force Factor)と、近代化(Modernization)レベルが記されている。このゲームでは『軍隊の規模 Capacityと伸びしろ Capabilityは違う』としており、部隊戦力が小さくても、近代化レベルが高ければ、高い戦闘能力を発揮できるようになっている。逆に、部隊規模が大きくても、近代化されていなければ……ということ。

近代化レベルは最高で7だが、たとえば定番シナリオの開始時には、アメリカは近代化レベル3の部隊を20個、世界各地に配置しているが、中国は近代化レベル3✕5個、レベル2✕5個、レベル1✕5個となっている。北朝鮮は、近代化レベル1✕10個のみ。ただしこの近代化レベルは、資源コストを消費することによって、後々上げることが可能であり、その管理もまたこのゲームの要素になっている。

ちなみにこのカウンターは、レーザーカットされており、その切断面が焼け焦げた?のか、触っただけで手が真っ黒になるほど汚れている。自分は、汗拭き用のフェイシャルペーパーで汚れを拭き取ったが、取扱いには注意するように。もっと良いカウンター製造会社あるだろうに……(^_^;) 

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部隊戦力(Force Factor)を左右するのは、近代化(Mod)レベルだけでなく、即応性(Readiness)によっても増減される。つまり各国は、自国の軍隊をただ増やすだけではなく、近代的な改修を行い、即応性を高めておくことが求められる。もちろんそれを行うコストも限られているし、すべての部隊を近代化したり即応性を高めることも難しい。ではどの部隊を強化し、それをどの地域に配置するのか、という点で悩まされるはず。特にアメリカ国防総省プレイヤーとしては、全世界すべての地域に部隊を展開させるのか、それとも一部はNATO/EUに任せるのか、あるいはどこかを見捨てるのか、という選択もあり得るだろう。

上写真右は、戦闘解決表だが、そういった戦力の増減を行ったうえで、戦闘比を割り出し、双方の近代化レベル差を修整値として10面体ダイスを振り、青と赤チームどちらの勢力が勝ったか負けたかを判定する。また、これとは別に、非戦闘的な相互作用(Interaction)……つまりプロパガンダやハイブリッド戦等を解決する表も存在する。  

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各国には、行動(Action)カード、投資(Investment)カード、国内事件(Domestic Event)カードが用意されているが、その枚数は各国毎に異なる。

各ゲームターンは、①赤・警告フェイズ②青・投資と行動フェイズ③赤・投資と行動フェイズ、④資源配分更新フェイズ、⑤世界情勢要約フェイズと進み、地図盤上のターン記録トラックは、16ターンまで用意されている。

①赤・警告フェイズでは、まず赤プレイヤーたちが、ゲーム上での国際情勢から、これから数ターン先の戦略を考え、それに合致するカードを自分の手札から3枚(うち1枚は必ず行動カード、うち1枚は必ず投資カード)を公開する。この3枚は、本当にプレイするかもしれないし、青プレイヤーに対する偽の警告でもいいし、実際にプレイしなくてもいいと。それを受けて、ゲーム管理者である白チームが、状況説明(ブリーフィング)を開始し、各赤プレイヤーたちに、その意図をある程度説明するように指示する。

たとえば中国プレイヤーは、この時点でいったん「アメリカ国防総省内の中国担当官」みたいな立場になり、自分で中国の戦略を組み立て、3枚カードを選んで公開したうえで、白チームから指示されたら『どうやら中国は北朝鮮に武器を輸出するようですぞ』と、青プレイヤーたち(アメリカとNATO/EU)に話すと。またこの状況説明は、あくまで青プレイヤーたちの戦略的判断を悩ませるものであって、ゲームに勝つために騙そうとするものではないと。

その状況説明を受けた後、②青・投資と行動フェイズで、青プレイヤーたちが自国の軍隊の配置転換、近代化、即応性の改善などを行い、場合によっては軍事行動に出ると。

そして③赤・投資と行動フェイズで、赤プレイヤーたちが、実際にコストを払って行動カードを処理したり、軍隊の改善などを行う。

その後、④資源配分更新フェイズで、各プレイヤーは新たな資源ポイントを獲得し、最後に⑤世界情勢要約フェイズでは、白チームが、このターンに発生した世界情勢の変化や、起きたかもしれない仮定なども含めて、現実世界の物語としてナラティヴ的に語ると。

このルール進行、かなり曖昧に書かれているが、やはり一般的なボードゲームとは違って、きっちり勝敗を争うゲームではなく、あくまで教育的ツールなので、各プレイヤーも紳士的に振る舞うことが求められる。また、教育的なゲーム進行を阻害しないためにも、白チームのファシリテイターたちがいるわけで、赤プレイヤーたちも、シナリオ設定や白チームのガイドラインに沿った行動が求められる。 

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青プレイヤー(アメリカとNATO/EU)側は、行動カードが少なく、国内事件と投資カードが多い。投資カードは、自国の軍備を増強するカードであり、大半は10面体ダイスを振って、どれだけ軍備増強が進捗したか、しなかったかを判定する仕組み。

国内事件カードは、シナリオに従って、白チームによって発動される。アメリカの国内事件を見ると「テロリストによる攻撃」「迎撃ミサイル実験の成功/失敗」「アメリカ大使の発言がソーシャル上で炎上」等々があり、それによって軍備の進捗や、配備・増強コストに影響する。ちなみに日本に関係したカードもあり「中国の軍事的脅威を懸念した日本が、アジア太平洋地域でのアメリカ軍の展開コストを肩代わり(削減)してくれる」というもの。日本はお金で貢献するしか……

NATO/EU側の国内事件には「シリア難民による女性殺害事件によってドイツで極右が台頭」「住民投票によってスコットランドがイギリスから離脱」等もあり、現実世界同様に悩みそう。 

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対する赤チーム(ロシア、中国、北朝鮮、イラン)は、行動カードが多め。ロシアと中国の行動カードは、グレーゾーンでの圧力=ハイブリッド戦略から、実際の武力侵攻まで、さまざまな段階によって行われる。ロシアには、他国の大規模選挙に介入したり、サイバー戦を仕掛けるカードもあり、中国には一帯一路(シルクロード)や、アフリカ諸国ヘの投資など経済的行動カードもあり、南シナ海での緊張を高めるカードもあり、あの手この手という感じだ。一方、北朝鮮とイランは、長距離ミサイルのテストによる挑発や、外交交渉によってポイントを稼ごうとするカードが多い。北朝鮮には、韓国へ侵攻するカードもあるが、それも特殊部隊によるものだけか、韓国島嶼部への限定的な侵攻か、あるいは全面的な侵攻かと、選択肢は複数揃っている。

そんな赤チームも、白チームによってネガティヴな国内事件を引き起こされる可能性がある。ロシアなら「市民の蜂起」「第三次チェチェン戦争」「ISISによるモスクワ攻撃」「プーチンの退任」が、中国なら「軍事人的資源の弱み(教育の低さ)」「ベトナム漁民殺害による関係の悪化」、 北朝鮮なら「指導者の死」、イランなら「民主主義者が選挙で選ばれる」等々。まあ、いずれも現実的な可能性のある事態だし、それにどう対処するかという教育的側面もあるわけだ。

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さらに白チームは、国際事件(International Event)カードも使用できる。こちらは「シリアの難民危機」「ボコハラム」「在日米軍の増強(日本はまたコストを肩代わり)」「韓国による太陽政策(親北朝鮮寄り)」「カシミール地方での核物質盗難」「中国の経済活動に対するアフリカ労働者の反発」「イスラエルによるイラン核施設への爆撃」 「中央アメリカでのハリケーン被害」「湾岸諸国での産油量減による原油価格の上昇」「エボラウィルスが南米に感染拡大」「南スーダンでの虐殺」「トルコとクルド族の対立」「ギリシャが押し寄せる難民に悲鳴」「インドと中国の武力衝突」「インドとパキスタンの武力衝突」「中国のシルクロード戦略へのテロ攻撃」「インドネシア地震津波」「ベラルーシが西側諸国に接近」等々、こちらも現実味のあるイベントが用意されている。

とまあ、長々と書いたが、まさに国防のプロフェッショナル向け教育ツールで、非常に興味深いシステムを搭載している反面、とても自分のような民間ホビー・ウォーゲーマーが手を出せるシロモノではなかった。そもそも人数が揃わないし、ソロプレイにも向いていない。

と言って、我が家で死蔵するのももったいないので、どこか国防、軍事、安全保障に関連する公的機関や研究所、大学等々で、このゲームが欲しいところに無償でご寄贈しようと思う。この記事を読んでご興味を持たれた関連機関の方は、takeo.ichikawa@gmail.comまでご連絡を。一応、開封済みですが、駒などは未切り離し状態です。特に厳正な審査も抽選もせず、こちらが贈りたいところへお贈ります(^_^)