Wargaming Esoterica

After Action Reports & Reviews of Simulation War Games ほぼ引退した蔵書系ウォーゲーマーの日記

【参考文献】アダム・トゥーズ「ナチス 破壊の経済(上下)」

ナチス 破壊の経済 上

ナチス 破壊の経済 上

 
ナチス 破壊の経済 下

ナチス 破壊の経済 下

 

今年8月に邦訳が出た、経済史研究者アダム・トゥーズの「ナチス 破壊の経済(上下)」を購入。自分は経済には疎いが、最近、戦略級ゲーム「A World at War」も入手したので、ナチスドイツの戦争経済分析も参考になるかと思って挑戦してみた。 正直言うと、やはりその内容は、自分程度の経済知識では歯が立たない部分も多々あったが、それでもかなり面白く読み進めている。おおざっぱに言うなら『ナチスドイツは戦争には負けたけれど、シュペーアの活躍を含めて経済的には上手くやり、英米露を相手に何年も戦い抜いた』と思われているが、その実像はまったく違うのだと検証している。

上巻では、ナチスドイツがいかに綱渡り的な経済状態で大戦に踏み切ったか、というあたりが興味深い。よく『大戦時のドイツには大戦略が無かった』と酷評されるが、それを経済的にも裏付けている内容。さらにその経済的困窮ぶりが、フランス占領以降も続き、石油が絶対的に不足していたため、国防軍が自動車化を諦めようとしていた話も面白い。

また後半では、アルベルト・シュペーアの活躍に焦点を当て、その実像を解き明かしている。シュペーアが起こしたとされる軍備的な奇跡は、実際には数字の誤魔化しや、それ以前からの努力等によって成し遂げられた部分も多々あり、要するに軍備プロパガンダであったと言う。すでにドイツの兵器生産の成長率は、連合軍の戦略爆撃が功を奏してきた1943年5月には停止していたともある。

かつてアバロンヒルの戦略級ゲーム「第三帝国」は『ドイツの基本資源ポイント(BRP)は、1945年が最高潮になって、雪崩的な崩壊が起きない』と評されたが(新シミュレイター誌2号)、それも、とにかくドイツは経済的継戦能力が高かったという、評価があったからなのだろう。実際、ほとんどのWWII戦略級ゲームは、1945年春までドイツが粘る展開になっていると思うが、そういった前提も怪しいかもしれない。それとも、どこかにもう、このトゥーズ論を採り入れたWWII戦略級ゲームとかあるのだろうか? 

またシュペーアに関しても、たとえば自分も以前プレイした、GMT「Barbarossa to Berlin」の枢軸軍カードにはまさに「シュペーア」その人の手札もあり、これを使用すると、大戦末期に消耗したドイツ装甲軍ユニットを3個回復できるイベントが発動される。いかにも、シュペーアの有能さを表したカードであり、同様の効果は他のウォーゲームにもありそうだ。そして、たとえそんなカードがあったとしても、自分も含めて大半のウォーゲーマーはその効果に疑問を持たないと思われる。しかしそのようなシュペーアの英雄化も、トゥーズが言うところの通俗的ナチス理解であり、表現なのだろう。

まあ、このトゥーズの分析が正しいかどうか、経済に疎い自分には判断できないが、第二次大戦の戦略級ゲームにご興味のある方なら、良い参考文献になると思う。自分もこれでまた「A World at War」「Gathering Storm」へのモチベーションが上がってきた。