Wargaming Esoterica

After Action Reports & Reviews of Simulation War Games ほぼ引退した蔵書系ウォーゲーマーの日記

【戦国群雄伝】Game Journal #52「信玄上洛」(4バージョン私見)

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ゲームジャーナル52号を購入。付録ゲームは、1986年にツクダから発売された戦国群雄伝シリーズ第一作「信玄上洛」である。いまだにオリジナル版も手元にあるが、今後ゲームジャーナル付録として後発のシリーズ作「関東制圧」「秀吉軍記」も再版されるそうで、お気に入りのシリーズがどのように手が加えられているか気になり、つい購入してしまった。

一応今回のGJ版は、ツクダ版を比較的忠実に再版した作りになっている。無論、コンポーネントは如何にもゲームジャーナル的な色合いとなり、ツクダ版では青かった織田軍ユニットも黄色に変更されている。2000年にコマンドマガジン36号付録としてリメイクされた「信玄最後の戦い」に見られた武将名の変更(高坂昌宣→高坂昌信等)もあるが、CMJ版のような能力値の変更は行われていない。

またツクダ版「信玄上洛」は戦国群雄伝シリーズ第一作であると共に、システムとしてはプロトタイプ的な部分もあった。特に第二作から完全に削除された「4ステップユニット」も今回そのままの形で残されている。削除されているゆえ、ここに関しては一律2ステップに変更した方が良いようにも思えるが、それはオリジナル版を持っている自分だからこその意見で、持っていない方からすれば「プロトタイプでもいいから、そもそもの形に触れてみたい」のかもしれない。

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念のため、久しぶりにツクダ版「信玄上洛」を押し入れから引っ張り出し、新旧ユニットを照合してみた。ツクダ版では大将機能(編成ボックスを持つ)を付されていた池田恒興だが、GJ版では一武将に降格され、代わりに滝川一益がその座に就くなど、微修正も見られるし、それはそれで納得できる。

しかしよくよく考えると、自分の場合、ツクダ版はあまり遊ばなかった気がする。シリーズ第一作ではあるが、自分がツクダ版を購入したのは、後発の「関東制圧」「独眼竜政宗」が出そろった後ぐらいだったのだ。むしろ先に「関東制圧」でこの戦国群雄伝を好きになり、シリーズをコンプリートすべく買った覚えもある。

勿論、当時も「信玄上洛」というコンセプトには大いに魅力を感じていた。ただ、すでに「関東制圧」以降のルールに馴染んでいたせいなのか「4ステップユニット」が奇異に映り、あくまでツクダ版「信玄上洛」は別物……という感覚もあったのだ。

 

しかしTACTICS誌に、「秀吉軍記」以降の、整備された戦国群雄伝ルールを用い、シリーズ作のマップを繋げて行う、ビッグゲーム版「信玄上洛」とも言える「信玄最後の戦い」が発表された時は、喜びいさんで追加ユニットを自作し、内輪メンツで何回も遊んだものだ。

こちらの武田軍は、一律3戦力ユニット、山県昌景馬場信春秋山信友もすべて324(編成5ボックス)と非常に頼もしかった。雑賀・根来衆も強力で、回復力にも長けた鈴木孫市(★333)をkarter氏が嬉々として使っていたのが今でも思い出される。

自分はいつも織田方を受け持っていたが、こちらもユニットだけは豊富にあるため、如何にうまく内戦作戦をやってのけるか、楽しく悩んだものだ。

自分にとってのベスト「信玄上洛」は、このTAC版「信玄最後の戦い」であり、いつの日かこのバージョンも甦ってほしいと思う。さすがに雑誌付録は無理なコンポーネントなので、別冊枠でどうにか……

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そして今回のオリジナル再版にも影響を与えたらしいCMJ版「信玄最後の戦い」も手元にある。この時は(もう14年前か……)遂に戦国群雄伝再版!ということで、非常に期待していたが、残念ながらプレイした結果、自分の口には合わなかった。

このCMJ版では、武将の能力値も大きく変更されているのが特徴的である。武田軍の行動力は一律3に落とされ……と言うより、行動力4を有するのは織田信長羽柴秀吉の2人のみにされてしまった。徳川家康柴田勝家明智光秀も行動力3、浅井長政に至っては行動力2に二段階降格である。

しかし最初に数値を見た時には、この改訂にも納得していた。なるほど信長と秀吉をある種「突き抜けた」存在として位置づけるのもアリだろうと。明智光秀は使い勝手が良すぎると感じていたし、浅井長政の評価もこんなものかなと。

ところが実際プレイしてみると、織田方に余裕がありすぎる展開となってしまった。武田軍の侵攻速度が鈍ったため、織田方に時間的余裕が生まれてしまったのだ。たかが1、されど1である。武田軍の行動力が1下がっただけで、こんなにも違うのかと当時驚いた記憶がある。とは言え、織田方の行動力を下げたまま、武田軍の行動力を4にしてみたら、それはそれで面白くなるのでは……とも思っている。すべてが悪かったわけではないのだ、きっと。

 

しかしGJ本誌でも触れられているが、果たして本当に武田軍は様々なウォーゲームで表現されているように強力だったのだろうか。今我々がイメージしている武田軍は所詮、小説や映画・ドラマで見た「神話」的なものであり、実際には京まで上洛できる能力など無かった……のなら、このCMJ版の評価でもまったく問題ないのだ。

勿論、ゲームとしては織田・武田、双方強力であった方が楽しい。「信玄上洛」に胃を痛める織田信長を体感するには、武田軍は強力でなくてはならない。

ただ、それも本当のところは誰にも判らない。誰も本物の織田信長に会って、当時の思いを聴いた人はいない。たとえタイムマシンに乗って、信長にインタビューしても、本音を語ってくれるとも限らない。たとえ古文書に、信玄への恐怖を綴っていたとしても、真実がそこにあるとは限らないのだ。

もしかしたら実際の織田信長は、武田軍には上洛できるほどの補給能力が無い、または信玄の余命がいくばくもないと悟って、余裕しゃくしゃくだったかもしれない。だからこそ徳川にはわずかの援兵しか出さず、武田軍の補給切れ、信玄の余命の時間切れを狙っていたかもしれない。そう考えると、この妙に織田方に余裕のあるCMJ版があながち間違っているとも言えないのだ。

多くの場合、ウォーゲームをつまらなく感じるのは、私たちの頭の中の「神話」的イメージ=先入観とかけ離れているせいだとも言える。「歴史(History)とは、所詮それを話している彼の話(His Story)に過ぎない」という言葉がある。 この「信玄上洛」が語る仮定のHistoryが、その人のイメージに沿うかどうかも、その人個人のHis Storyに合致するかどうかにかかっているのだ。

ゲームジャーナル52号 信玄上洛

ゲームジャーナル52号 信玄上洛