Wargaming Esoterica

After Action Reports & Reviews of Simulation War Games ほぼ引退したウォーゲーマーの置き土産

【Wargaming Column】あれから25年

25年前、皆さんは何をしていましたか? 生まれてない方はともかく、1981年と言えば 大統領はレーガンでダイアナは結婚したばかり。「窓ぎわのトットちゃん」「なんとなくクリスタル」が売れ「ルビーの指輪」「スニーカーぶる~す」がヒットですよ。 「オレたちひょうきん族」が始まったのもこの年か。 四半世紀って、もの凄ーく昔ですよね。

で、25年前の1981年6月6日。 僕は生まれて初めてウォーゲームを遊びました。 相手は今なおつき合いのある、Karter氏。AH社「PANZER LEADER」を買った翌日の事です。初めてそれを見かけたのは、船橋西武百貨店でした。しかも玩具売場ではなく、オシャレな輸入雑貨コーナー。「あのタイガー戦車の絵が描いてある5800円の箱は何だろう?」 と戦車プラモ少年は思ったワケです。直後に雑誌(ホビージャパンかコンバットマガジン)で ウォーゲームなるモノを見つけ「ああこれか!」と納得。買った時は、じっくりユニットを眺めましたねえ。自分でプラモデルを作った戦車が、 攻撃・射程・防御・移動力で数値化されてるのを見て興奮。キングタイガーは足遅いけど強いなあ、 M4シャーマンは全然弱いじゃないかーとか。英文ルールブックに載ってた各国師団編制表も読み進め、 絶対試験に出てこない英単語や地名に慣れ親しんだり。

人生初対戦はシナリオ2「オマハ海岸」でした。そうです、6月6日だからノルマンディ・シナリオやろうぜと。ただし買った翌日だったのでルール滅茶苦茶。なにしろ囲碁・将棋みたいに相互に1ユニットずつ動かしてましたからね。今だに言われます。「あれはPANZER LEADERではなかった」と。

でもね、今でも買った時の女性店員さんのセリフ覚えてるんですよ。「このゲームは難しいですけど、すぐには飽きませんよ」 ……ああ西武の店員さん、あなたは正しかった。あれから25年、僕はまだウォーゲームに飽きてませんよ。さすがに「PANZER LEADER」の出番は無くなりましたが、これからも楽しいゲーム人生を歩もうと思います。